観光業におけるDXの推進 ー後編ー
観光業のDXが進まない理由②
ただ観光業においては、観光業特有のDXを推進する障害が存在します。それらを的確に理解して、DXを推進することが必要になるでしょう。観光業におけるDXが進まない理由として、とくに以下の2点が考えられます。
顧客把握の困難さ
小売チェーン、ストリーミングサービス、大規模なEコマースプラットフォームなどは、顧客とのタッチポイントが非常に頻繁で、顧客のニーズや行動を驚くほど正確に予測することができます。しかし、観光業では利用が年に数回に限られ、旅ごとに旅先、同伴者の数や関係性が異なるなど、定期性に欠けるため、旅行者の人物像を捉えることが課題となります。また旅行に行くときには、一人の時もあれば、友人と一緒の時も、家族と一緒の時もあり、週末だけの時もあれば、それ以上の時もあります。また、目的地の種類なども様々です。
そのため、個々の旅行者の好みを正確に予測できるだけのデータを蓄積することは非常に難しくなります。観光業界は顧客把握が難しい業態ということができるかもしれません。たとえばSpotifyやNetflixが顧客を把握しているようには、顧客の行動を把握することはできません。この事実を受け入れ、それを回避する方法を見つける必要があります。
データの標準化
金融業ではデータの標準化がなされているのに対し、ホテルやフライト、ツアーやアクティビティ、位置情報サービスなど、観光業にまつわるデータはそれぞれのソースにより異なりため、データを統合的に扱うことが難しい現状があります。複雑で分断されたサプライチェーンと様々な形の旅行パッケージをデータとして統一することは至難の技です。数百万軒ある宿泊施設に加え、現地での移動手段を提供する業者を加えると、旅行商品を提供する個々の業者の数でさえ膨大な数になります。ツアー&アクティビティになると、もはや標準化されたデータやパッケージはほとんどなく、同じ商品を確実にマッチさせることさえできません。位置情報のコンテンツや関心事などのデータ活用については、実用化にいたっているケースはほとんど存在しません。旅行関連のアプリケーションを構築する場合、様々なソースからのコンテンツを扱わなければならないという状況に陥りますが、そのコンテンツはソースによって大きく異なります。その上で高品質なサービスを構築することは、大きな課題です。ホテルをはじめとするさまざまな分野でデータの標準化と統合が進められていますが、基本的な課題は依然として残っています。
観光業のDXを推進するために
障害を乗り越えながら、DXを推進するためには何が必要でしょうか。
顧客把握の困難さにはさまざまな戦略で対処する必要があります。旅行関連のタッチポイントを数多く設けなくても、旅行者の好みを知ることはできます。カスタマー・ジャーニー全体(タビマエ・タビナカ・タビアト)に渡って、様々な情報を収集することで可能になると考えられます。もしかしたら、関連する分野での嗜好を知ることで、旅行関連の嗜好を高い精度で予測することが可能になるかもしれません。たとえば食事の予約アプリやECでの買い物履歴を参考に、好みの料理やお土産物の購入場所、興味をひく体験をレコメンドすることもできるでしょう。さらに、同様の旅行を計画した他のユーザーや、同様の行動をとったユーザーと比較することで、意味のあるレコメンデーションを行うことも可能になります。
データの標準化に対しては、多くの部分的なソリューションを組み合わせて対処する必要がありますが、まだ多くの時間がかかることが予想されます。業界全体の取り組みが進まないことには解決できる問題ではないからです。しかし、どんな業界にも、標準化が進まない状況に飛び込んだ強力なプレーヤーがいて、独自のB2Bサービスを提供することで、対応する複雑な問題の多くを解決しています。たとえば国際間での決済が良い例です。さらに機械学習などの最新技術が助けになることも考えられます。一貫性のないコンテンツをより良い方法で処理できるようになり、その結果、標準化しないデータでも一括で処理することが可能になるということも考えられるからです。
これまでの歴史を振り返ると、観光業界はEコマースに早くから取り組んでいたにもかかわらず、業界の多くの部分がデジタル化にかなり遅れをとっていました。しかし、近年、とくに新型コロナウイルスによる業界への打撃は、今後の観光業のDXを推進させる1つのきっかけになると考えられます。業界全体として競争力を高めていく必要に迫られているからです。
既に観光の様々な場面でデジタルへの移行が進んでいますが、これら観光DXの目的・指針を縦軸に、活用されている場面を横軸にして観光の技術事例をマップ化すると以下の様にまとめられます。
キーワードはタビマエ・タビナカ・タビアト
DXを推進する鍵はカスタマージャーニー全体の理解です。以下ではそれをタビマエ・タビナカ・タビアト(旅マエ・旅ナカ・旅アト)と整理して、それぞれにおける技術事例を概観しながら、業務改善や新サービスの提案につなげるにはどのようにすべきか、検討していきます。
まずタビマエ(旅行の前)について検討します。オンライン予約システムを用意することは、対応する人員の削減や旅行者の情報を一括管理することにつながります。また、観光業のデータ収集において旅行中を重視することが多くありますが、タビマエにこそ活用に値する情報が眠っている可能性があります。デジタルマーケティングを活用すれば、積極的に旅行者に関するデータを収集することも可能です。たとえばインスタグラムやYoutubeを通じて情報発信をしたとします。その反応や寄せられるコメント、閲覧する人のデモグラフィックを分析し、旅行者の属性に合わせたプランのレコメンドにつなげることもできるでしょう。
次にタビナカ(旅行中)についてです。MaaSやAR等、ニュース性の高い技術の活用が期待されていますが、足元をみると、キャッシュレス決済を含めたスマート化や多言語案内におけるデジタル機器の活用が浸透してきています。とくに近年では「POCKETALK」の浸透がみられ、訪日外国人客の対応に苦労していた観光業の現場に歓迎されました。またここ数年でキャッシュレス決済は一気に浸透し、バーコード決済を見ることも珍しくなりました。
今後の展開を考えると、交通サービスMaaS(Mobility as a Service)は注目に値します。Maasとは様々ある交通手段を統合し、より安く、より環境的で持続可能な交通サービスを提供すべく開発されているシステムのことです。現在はイベント会場などへ向かう際、乗換案内アプリやルート検索アプリなどを組み合わせて利用し、また新幹線やタクシーをそれぞれ手配するのが一般的です。国内の実証実験や、海外で実装されているMaaSのサービスではこれら検索機能や予約・支払い機能を統合し、End-To-Endの移動が一つのアプリで完結する仕組みを作っています。また単なる支払い機能にとどまらず、定額制で無制限に公共交通機関を利用できるサービス、つまり交通のサブスクも一部導入が進んでいます。いずれもキャッシュレス決済やスマート化を前提としているため、DXが業界全体で進んだ際の未来と考えるとよいかもしれません。
また新しい体験として、とくに昨今の状況で注目されているのはVRやARといった技術です。VR(仮想現実)は現実空間とは切り離されたデジタルの世界を体験するもので、その魅力はなんといっても高度な没入感です。観光においては立ち入りの禁止されている自然保護区や個人では訪れることの出来ない深海、南極などの探索がコンテンツとして作られており、また旅行の難しい昨今の状況においてはツアーの模擬体験も各地でリリースされています。AR(拡張現実)はVRと異なり現実の視界情報にデジタル情報を重ね合わせることで現実空間を拡張させ、新たな認識を与える技術です。観光では位置情報を利用し、周辺地域の解説や観光情報を提供するコンテンツや、乗車券のQRコードを用いるなどしてタブレットやスマートフォンの画面上にキャラクターを表示させるコンテンツが配信されています。これらは業務改善よりも新サービスの提供という側面が強く、DX推進という文脈よりも新しい観光業の形として認識することが適切であるかもしれません。
最後にタビアト(旅行の後)についてです。業務改善においては顧客管理ツールの導入、新サービスの創出としてはECの活用があげられるでしょう。旅行後にも利用者とのタッチポイントを設計することは観光業においても欠かせない姿勢です。近年注目される越境ECを例にしてみましょう。越境ECとは国境を越えて行われるECサイトの取引のことです。訪日外国人が日本で家電製品や衛生用品、食料品、衣類などを購入して、帰国後に使用したところ大いに気に入り、越境ECを利用してリピート購入するというケースがあります。自国の店頭では取り扱いのない商品も、越境ECなら手に入れることができるからです。この際、利用者のデータを整理して活用することができていれば、ECでのさらなる売り上げの向上や、売れ筋商品の分析につなげることができます。さらに一度も日本を訪れたことがない人でも、日本を旅行した友人・知人にお土産としてもらったり、Webサイトで商品を知ったりしたことがきっかけで、日本製の商品を購入することがあります。これをタビマエとして捉えることで同様の商品を好んだ利用者と同じような旅行を提案することも可能になります。タビアトのデータもタビマエ・タビナカを充実させる可能性が大いに存在します。
技術活用の例をそれぞれ取り上げてきましたが、何よりも重要なのはデジタルをツールとして捉える姿勢と、データを活用しながら業務改善と新たな体験創出につなげていくことです。1つ1つを点で捉えてしまうと、単にディジタイゼーションで終わってしまう可能性があります。その先のディジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションへとステップを進めるために、タビマエ・タビナカ・タビアトを連続的に捉えながら、より効率的な業務、より魅力的なサービス提供へとつなげていくことを検討することが求められています。
効率化の先にDXがある
ここでの考え方のポイントは「自社の効率化の先にDXがあること」です。もちろん顧客体験を軸にした、新たなサービス提供を考えるというアプローチもありますが、このケースの場合、「サービスを新しく始めるためにIT投資する」と聞くと、本当にそこに投資する意義があるか疑問を抱かざるを得ません。新しい提供価値ではありますが、見合うリターンが得られるとは思えないからです。ですが、「デジタル化を通した自社の生産性向上の先に新しい付加価値の提供がある」と聞くとこの投資に意義があると納得しやすいはずです。デジタライゼーションはその効果が大きいところから着手すべきですが、その先にどのようなサービスの提供につなげることができるかという視点でDXのロードマップを策定し進めることが、DXに向けた投資の効果を最大化させるポイントになるでしょう。
株式会社TOKIではTRAVESENSというサービスを提供しています。TRAVESENSは旅程作成・旅行手配のクラウド型業務改善ソフトであり、観光業務に携わるすべての人の生産性向上を実現し、よりクリエイティブで発展性のある観光業界をDXによって支援するサービスです。このサービスの背景には、旅行代理業務の受注があるたび、マニュアル作業に追われ、非効率なオペレーションをどうにか改善できないか四苦八苦していた実情があります。クラウドのサーバーを活用したり、国内外の様々なITツールを組み合わせていましたが、旅行業に根ざしたら最適な業務ツールがなく、最終的に社内用に独自の業務ツールを開発し、大変な業務効率化を測ることができました。顧客問い合わせから、旅程提案までの業務の平均80%削減し、通常5日間かけていた業務が1日で終わらせるようになります。それに伴ってビジネスケースで1案件あたりの人件費削減率が平均34%削減し、月当たりの人件費が平均89万円削減できることが確認できました。さらに旅程作成・旅行手配をクラウド上で一元管理できることから、取得した旅行者の情報を活用して、最適化された旅行を提案できるようなサービスにつなげていくことを予定しています。
デジタルトランスフォーメーションはバズワードのように扱われている側面もありますが、ライフスタイルの多様化や働き方の変化とともに、今実際に世界で起きている変革であることは間違いありません。観光業におけるデジタルトランスフォーメーションに関して理解を深め、デジタル戦略を見つめ直すきっかけを提供することが本記事の目的でした。本記事をきっかけとして、近い将来かならず必要となるだろうデジタルトランスフォーメーションによる変革を御社とともに実現するパートナーになることができたら、大変嬉しく思います。