観光業におけるDXの推進 ー前編ー
観光業におけるDXとは
近年DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が盛んに叫ばれ、2020年新型コロナウイルスの流行で、遅れていると言われていた日本企業のデジタル化は加速することとなりました。しかし、デジタルトランスフォーメーションへの理解が広がったかというとそうではありません。とくに観光業においては、「AI」「MaaS」「5G」といったニュース性の高い言葉が取り上げられる一方で、情報を取得し業務改善やイノベーションにつなげていくという具体的なプロセスまで浸透していないのが実情です。
まずDXという言葉について整理していきます。経済産業省の定義によると
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や 社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務その ものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」
とされています。この言葉からわかるようにDXとは単にデジタル化を意味した言葉ではなく、デジタルという手段を活用し、新たな顧客価値を提供することを意味しています。
顧客提供価値に焦点をあてて観光業におけるDXを大別すると、既存業務の改善(課題の解決)と新規ビジネスの創出の2つになります。DXの推進により、マニュアル作業が多く各従業員のスキルに依存しがちな既存業務を効率化し、旅行者にはより高付加価値な体験や全く新しいサービスを提供するという方向性です。変革に高額なコストがかかるのであれば、DXへのプロセスおいてはその効果が大きい箇所から着手した方がいいかもしれません。
効果とは端的にいうと、売上拡大もしくはコストダウンのことです。そして、そのどちらの観点においても、デジタル情報を利活用できるようにすることが欠かせません。製品のスマート化にしろ、ビジネスプロセスのスマート化にしろ、データが他のシステムと連携できないとなると、どちらの効果も得ることが難しくなるからです。また、既存業務の改善と新規ビジネス創出はお互いに深く関連しています。ほとんどの場合、既存事業の成長や収益改善なくして新たな事業領域に投資できるものではないからです。つまり、観光業のDXは、デジタル技術を活用した業務改善と両輪で進める、あるいは、業務改善を実現した仕組みのうえで新たなサービスの創出が可能となるというロードマップが必要であると言えます。
観光業のDXが進まない理由①
それでは具体的に、どのようにすればDXを推進しながら業務改善や新たなサービスの創出は可能となるでしょうか。それを考える前には、DXを進めるためのステップとその困難さを理解する必要があります。
まずDXを進めるためのステップについて考えてみます。
第一歩目はDigitization(ディジタイゼーション)です。Digitization(ディジタイゼーション)とは、一般的な「デジタル化」のイメージに相当する言葉です。紙の資料をPDF化したり、コピー&ペーストの事務作業をRPAにより自動化したりと、デジタル技術を取り入れることで既存のアナログ情報を単にデジタル化することをいいます。観光業の業務を例に取るならば、顧客情報のデジタル管理があげられるでしょう。データが活用できる状態になっていないことには、デジタル技術を活用した新たな顧客提供価値の創出はできません。「DXではない」という形で軽視されがちなデジタイゼーションですが、デジタイゼーションなくしてDXはありえません。まず足元のデジタル化が踏み出すべき第一歩です。
第二歩目はDigitalization(ディジタライゼーション)です。Digitalization(ディジタライゼーション)はデジタル技術の応用範囲を拡大し、業務プロセス自体を変革させることをいいます。個別のプロセスを効率化することでコストの削減やサービスの向上、更には新しいサービスの創出を目的としています。観光業の業務を例にすれば、予約フォームで登録した顧客のデータを一元管理することがあげられるでしょう。先ほどのディジタイゼーションとの違いは、単に記録する媒体をデータにするだけでなく、たとえば予約を受付する人員を削減するといったように、業務プロセス自体が変化している点です。
そしてディジタライゼーションを組織横断的に進めた先に、DX(デジタルトランスフォーメーション)が実現します。たとえば、旅程作成から顧客情報、体験情報を一元管理できるとすれば、それはDXが実現した状態といえます。サービスを提供する会社としては、業務改善が可能となります。属人的なスキルに頼らないオンラインでの受付ができ、さらにはデータによるシステムの連携ができているため、データの整理や移し替え等に人員を必要とすることがありません。またサービスを利用する旅行者に対しては、旅程表の作成を容易にしたり、おすすめのスポットをレコメンドしたりという新たな体験を提供することができるようになります。
デジタルトランスフォーメーションはデジタル技術による新たな顧客提供価値の創出です。そのためDXの実現はゴールでもあり、単なるスタート地点でもあります。つまりDXを考えるということは業務改善、サービス創出、ひいては自社の在り方についてまで考えるということに他なりません。効率的に情報を収集し、それが業務改善へとつながり、さらには収集した情報を旅行者の新しい体験につなげていく。そうした連続的で複合的な視点を持つことではじめてDXを推進していくことにつながっていきます。
DXを推進するための道筋を理解しても、すぐには対応できないというのが現実です。ただ今後、間違いなく事業環境はDX化していきます。これらの環境変化は、競合先がDXにより競争力を増し、相対的に競争力を失うという脅威だけでなく、デジタル化を前提としたビジネス環境で取引ができなくなるなどの脅威をもたらす可能性もあります。パソコンを持っていない企業と持っている企業、どちらがよりビジネス機会を得ることができるかは想像に難くありません。すなわちDXを進めないという選択肢は存在しません。そのうえで、DXを進めるためのプロセスにおいても、DXが進む世界に対応するプロセスにおいても、インターネットを通じたデータの利活用がキーワードとなります。データが接続されることで、体験はスマート化し、顧客提供価値に変革がおき、幅広いステークホルダーが存在するなかでDX環境に対応することができるのです。