なぜ旅行会社が自らSaaSを作ったのかTRAVESENSが生まれた理由と、その設計思想
旅行業界向けの業務管理ツールは、これまでにもいくつか存在していました。にもかかわらず、TRAVESENSという新しいプロダクトが生まれたのはなぜか。テクノロジー企業が外から業界を見て作ったのではなく、旅行会社の「中の人」が、自分たちの現場の痛みから作り始めたプロダクトには、通常のSaaSとは異なる設計思想があります。
この記事では、TRAVESENSがどんな課題から生まれ、何を解決しようとしているのかを、開発の背景と設計の考え方から紐解きます。
目次
始まりは「優秀な人材が、コピペと伝書鳩に追われていた」という現実
Googleスプレッドシートの限界、既存ツールの不適合
コロナ禍を経て、SaaSとしての再構築
単なるシステム化ではない、「業務設計の再発明」
旅行チームとシステムチームが同じ屋根の下にいる意味
業界全体の「働き方」を変えたいという意志
「構造がなければAIも機能しない」というAI時代の位置づけ
2名のブティック会社から数百名の老舗まで
TRAVESENSが解決しようとしていること
TRAVESENSについて
始まりは「優秀な人材が、コピペと伝書鳩に追われていた」という現実
TRAVESENSを開発・運営しているのは、株式会社TOKI。2014年から富裕層向けの体験旅行を手がけるインバウンド旅行会社です。
TOKIの業務は、一般的なパッケージツアーとは根本的に異なります。顧客ごとに完全オーダーメイドの旅程を設計し、日本の文化や職人の魅力を引き出して再編集する。世界中の知的層や著名なテック起業家を顧客に持ち、1つの案件に対して旅程管理、手配、経費管理、情報伝達、ダブルチェックなど膨大なロジが発生します。
問題は、この高度な業務を支える裏側のオペレーションでした。
TOKIが採用するのは、バイリンガルで、文化への理解が深く、ホスピタリティに優れた人材です。ところが、そうした優秀なスタッフの業務時間の多くが、コピペ、起票、伝書鳩的な情報伝達、Googleスプレッドシートへの転記作業に奪われていました。本来、顧客の体験設計やクリエイティブな提案に使われるべき時間が、ルーティンの事務作業に消えていたのです。
これがTRAVESENS開発の出発点でした。「優秀な人材を、優秀な人材にしかできない仕事に集中させたい」。この切実な思いが、プロダクトの原点です。
Googleスプレッドシートの限界、既存ツールの不適合
TOKIも最初はGoogleスプレッドシートや複数のクラウドツールを組み合わせて業務を回していました。しかし、案件数の増加と業務の複雑さに対して、この運用はすぐに限界を迎えます。
旅行業務の難しさは、1つの案件に含まれる情報の種類と量が膨大であることです。旅程の中にホテル、レストラン、体験施設、移動手段、ガイドのアサイン、顧客の好みや制約(アレルギー、プライバシーへの配慮、過去の訪問履歴の重複回避)が含まれ、それぞれに見積、請求、手配ステータスが紐づきます。しかも顧客の一言ですべてが変わります。
既存の汎用ツールでは、この複雑さに対応できませんでした。CRMは顧客管理には使えますが、旅程と見積の連動はできません。プロジェクト管理ツールはタスクの進捗管理には向きますが、分刻みのスケジュール調整や、1案件に数十〜数百発生する小口経費の管理には設計が合いません。
旅行業界向けのツールも調査しましたが、FIT(個人旅行)、MICE(法人イベント)、グループ旅行、コンシェルジュ業務、イベント運営といった業態ごとの差異に対応できるものは見つかりませんでした。大手旅行会社がシステム開発を外部に発注しても、この業務の複雑さが理解されず、お蔵入りになるケースすらあります。
2019年、TOKIは「自分たちで作るしかない!」と決断しました。
コロナ禍を経て、SaaSとしての再構築
開発の決断直後にコロナ禍が訪れました。旅行業界全体が停止する中でも、TOKIは開発を止めませんでした。むしろ、業務が止まった期間を活用し、オペレーションの見直しとプロダクトの精緻化に充てています。
当初は自社の業務課題を解決するための社内ツールでしたが、東京大学出身のエンジニア集団であるPKSHA Technologyが参画し、外部に販売できるSaaSとして再構築されました。自社のためだけのツールから、業界全体の課題を解決するプラットフォームへと進化した形です。
現在に至るまで6年以上の開発を継続しています。この継続期間が意味するのは、旅行業務の複雑さを構造化するには、それだけの時間と現場からのフィードバックが必要だった、ということです。
単なるシステム化ではない、「業務設計の再発明」
TRAVESENSの開発で最も重視されたのは、「既存の業務をそのままシステムに移す」のではなく、「データ構造とワークフロー設計をゼロから考え直す」ことでした。
旅行業界のオペレーションには、長年の慣習で非効率が固定化されている部分が数多くあります。見積をExcelで作り、旅程をWordで作り、手配をメールで追い、承認を口頭で確認する。各工程が分断された状態で運用が続いており、その分断をつなぐのが「人の記憶と努力」になっている。
TRAVESENSが目指したのは、この分断を構造的に解消することです。
具体的には、「インプット1つで多数のアウトプットが生成される」設計です。旅程にホテルを追加すれば見積金額が連動する。案件のステータスを更新すれば関係者に通知が飛ぶ。コンテンツを一度データベースに登録すれば、次の案件でも検索して再利用できる。操作ログは時系列で自動記録され、統計データはリアルタイムでダッシュボード化される。
これは「便利な機能の集合体」ではなく、「業務フロー全体のベストプラクティスをソフトウェアに実装する」という思想に基づいています。TOKIが自社の運営で磨いてきた業務の型と、30社以上の旅行会社へのヒアリングで集めた知見が、プロダクトの設計に反映されています。
旅行チームとシステムチームが同じ屋根の下にいる意味
TRAVESENSの開発体制には、一般的なSaaS企業とは異なる特徴があります。
TOKIの社内には2つの事業部があり、①旅行業務を担うキュレーター・コーディネーターの事業部と、②TRAVESENSを開発する事業部があります。
この体制の利点は、現場のフィードバックが即座に開発に反映されることです。旅行チームが「この画面のここが使いにくい」「この工程でこういう操作が欲しい」と伝えれば、システムチームがすぐに対応できます。外部のSaaS会社にフィードバックを送って数ヶ月後に改善される、というサイクルとは速度が違います。
TOKIの代表はもともとコンサルティング業界の出身で、企業の経営改善、オペレーション構築、自動化に携わってきた経験があります。この知見が、単なるツール開発ではなく「業務改善の仕組みとしてのプロダクト設計」に活きています。
また、PKSHA Technologyとの技術提携により、AI技術の最先端もプロダクトに組み込まれています。ただし、AIは目的ではなく手段として位置づけられており、「AIが何でも解決する」ではなく「構造化されたデータの上にAIを乗せることで初めて実務に効く」という考え方が設計の前提です。
業界全体の「働き方」を変えたいという意志
TRAVESENSの開発背景を理解するうえで欠かせないのは、TOKIが掲げるビジョンとミッションです。
ビジョンは、ホスピタリティ産業を「忙しさに追われる業界」から「価値創造に集中できる産業」へ転換すること。現在の旅行業界は、労働集約型で属人化が進み、利益構造も薄い。本来注ぐべきクリエイティビティとホスピタリティに時間が使われていない。世界中のホスピタリティ事業者が、TOKIが体現するような価値を生み出せる状態を標準にしたい、という目標です。
ミッションは2つ。
■第一:TOKIで最高の運営モデルを実装すること。高単価・高難度案件でも崩れない運用を作り、原価・承認・変更履歴を構造化し、スタッフがクリエイティビティと顧客対応に集中できる環境を作る。TOKIは理想の現場を実装するR&D機関でもあります。
■第二:そのモデルを構造化し、業界に再現可能にすること。運用フローの標準化、暗黙知のロジック化、コンテキストの蓄積。TRAVESENSは、高級・複雑案件を安定運用できる業界基盤の構築を目指しています。
つまり、TRAVESENSは単なるSaaSではなく、「旅行業界の働き方そのものを良くするための仕組み」として設計されているのです。
「構造がなければAIも機能しない」というAI時代の位置づけ
AI活用が叫ばれる時代において、TOKIが強調しているのは「AIは構造の上でしか機能しない」ということです。
AIが効果を発揮するには、整理されたデータ、定義されたワークフロー、既存の意思決定ロジックが必要です。旅行業界には、まだそれがない会社が大半です。データがExcelの個人ファイルに散在し、業務フローが担当者の頭の中にしかなく、判断基準が明文化されていない。この状態でAIだけ導入しても、運用リスクが増えるだけです。
TRAVESENSが提供するのは、まさにこの「構造」です。データの一元管理、ワークフローの標準化、承認ロジックの明確化。この基盤の上にAIを乗せることで、初めてAIが実務に効くようになります。
また、AIが代替できない領域――微妙な期待値調整、危機対応、感情が絡む法人交渉、高額案件の意思決定支援――は、人が担い続けます。
TOKIが「Human Last One Mile」と呼ぶこの領域こそ、旅行のプロフェッショナルの価値が発揮される場所です。TRAVESENSは「AI+構造+人の実行力」を統合するための基盤として設計されています。
2名のブティック会社から数百名の老舗まで
TRAVESENSの導入実績は、三越ニッコウトラベル、東武トップツアーズ、阪急交通社、読売旅行といった業界を代表する企業から、2名体制のブティック型旅行会社まで幅広く広がっています。
ホテルコンシェルジュ向けの専用プランも2026年1月にリリースされ、五つ星ホテルのコンシェルジュデスクからバケーションレンタル運営のリゾート不動産会社まで、10社以上のフィードバックを経て完成しています。
この幅広さは、TRAVESENSが「大企業向けの高機能ツール」でも「小規模向けの簡易ツール」でもなく、「旅行業務の構造を整える基盤」として設計されていることの証左です。業務の複雑さと案件量に合わせてスケールする設計であり、会社の規模ではなく業務の課題に合うかどうかで導入が判断されています。
TRAVESENSが解決しようとしていること
改めて整理すると、TRAVESENSが生まれた理由は明確です。
旅行業界は、業務の複雑さに対してデジタル化が遅れている。多くの会社がExcel、スプレッドシート、属人的なオペレーション、分断されたツール運用で回している。その結果、現場の負荷、残業、採用難、品質のばらつき、情報共有不足、顧客対応の不安定さが起きやすい。
TRAVESENSは、それらを単に効率化するだけでなく、業務品質、顧客体験、売上、組織の再現性を高めるための基盤として機能します。現場で頑張る人をさらに疲弊させるのではなく、良い仕事がしやすい状態を作ることに価値を置いています。
短期的には業務効率化、長期的には競争力の高いオペレーションとブランド形成。TRAVESENSは単なるシステム導入ではなく、経営・現場・顧客体験をつなぐインフラです。
TRAVESENSについて
TRAVESENSは、旅行・観光・ホスピタリティ業界に特化したクラウド型業務管理サービスです。旅程作成、見積管理、予約手配、コンテンツ管理、案件管理、ガイド管理を一つのプラットフォーム上で連動させる設計で、導入企業では提案業務の80%削減、顧客満足度30%向上、1案件あたりの人件費34%削減といった効果が検証されています。
DXコンサルティングとして、業務フローの把握から運用設計までをサポートしています。独自の最適業務フローのブループリントを保有しており、短いケースでは1週間で業務オペレーションを把握できる体制を整えています。
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