旅行会社のAI活用はチャットボットより先に"業務の中"から始めるべき理由

旅行業界でAI活用と聞くと、多くの方が顧客向けチャットボットを思い浮かべるのではないでしょうか。Webサイトに設置して、問い合わせに自動応答する。確かに分かりやすいAI施策ですし、導入事例も増えています。
しかし、多くの旅行会社にとってチャットボットは最優先ではありません。なぜなら、顧客対応の自動化よりも先に、社内業務の非効率を解消するほうがROI(投資対効果)が高いからです。

目次

  1. 現場で起きていること:AI以前の問題

  2. なぜチャットボットが先ではないのか

  3. 旅行の問い合わせはオーダーメイド要素が強い

  4. 投資対効果の比較

  5. 業務の中でAIが効く5つの領域

  6. AIを入れる前に必要な基盤

  7. 放置した場合に起きること

  8. まず確認すべきチェックリスト

  9. TRAVESENSについて

現場で起きていること:AI以前の問題

AI活用を議論する前に、旅行会社の現場で実際に何が起きているかを見てみましょう。

担当者が見積を作るために、過去の類似案件を探してメールボックスを30分掘り返しています。旅程の初稿を作るために、ホテルの公式サイトから説明文をコピーし、写真をダウンロードし、Wordに貼り付けてレイアウトを整えています。サプライヤーへの手配依頼メールを、前回の案件のメールを開いて日付と名前を書き換えて送っています。

これらはすべて「人がやらなくてもいい作業」です。しかし、これらの作業に毎日数時間を費やしているのが現実です。ある旅行会社で業務時間の内訳を計測したところ、担当者の1日8時間のうち、約4時間が情報検索、転記、テンプレートの整形、定型メールの作成に費やされていました。顧客のことを深く考え、最適な提案を練る時間は、全体の半分以下です。

この状態でチャットボットを入れても、裏側のオペレーションは変わりません。チャットボットが受けた問い合わせに対して、担当者がExcelで見積を作り、Wordで旅程を作り、メールで手配を追いかける。入口だけ自動化しても、中の工程が手作業のままでは、ボトルネックは解消しません。

なぜチャットボットが先ではないのか

チャットボットの限界を、もう少し具体的に見ていきます。

旅行の問い合わせはオーダーメイド要素が強い

チャットボットが効果を発揮するのは、定型的な問い合わせへの自動回答です。「キャンセルポリシーを教えてください」「空き状況を確認したい」といった質問に自動対応できれば、確かに工数は減ります。

しかし、旅行の問い合わせの多くは定型に収まりません。「ハワイに家族4人で行きたいのですが、おすすめのプランはありますか」「前回の京都旅行が良かったので、今度は金沢で似た雰囲気の旅行を組みたい」。こうした相談に対して、チャットボットが顧客の期待に応える回答を返すのは、現時点では極めて難しいのが実情です。

中途半端な自動応答はむしろ顧客体験を損ないます。「AIが的外れな提案をしてきた」「結局、人に繋がるまで時間がかかった」という体験は、顧客の不満に直結します。

投資対効果の比較

チャットボットの導入効果を試算してみましょう。仮に問い合わせの30%を自動応答できたとして、削減できるのは受付対応の工数です。一方、社内業務にAIを入れた場合、見積作成、旅程作成、メール作成、情報検索という、担当者の業務時間の大部分に効きます。

影響範囲で比較すると、チャットボットは「入口の一部」、社内業務AIは「業務全体の反復作業」に作用します。どちらを先に改善すべきかは、数字で見れば明らかです。

業務の中でAIが効く5つの領域

では、社内業務のどこにAIを入れるべきか。現時点で実務的に効果が見込める5つの領域を整理します。

領域1:旅程の初稿生成

過去案件のデータベースを参照して、類似案件の旅程を下敷きにした初稿を自動生成します。「沖縄3泊4日・夫婦2名・リゾート志向」という条件を入力すると、過去の類似案件からコンテンツを組み合わせた旅程の骨格が出てきます。

担当者はゼロからではなく、修正から始められます。これだけで旅程作成の初動が大幅に変わります。ある導入事例では、旅程の初稿作成にかかる時間が平均3時間から40分に短縮されました。

領域2:メール文面の下書き

サプライヤーへの手配依頼メール、顧客への確認メール、社内の報告メール。旅行業務では1日に何十通ものメールを書きます。その多くは定型的なパターンを持っています。

AIが案件情報を参照して下書きを生成し、担当者が内容を確認・修正して送信する。この流れを組めば、メール作成に費やす時間を半分以下にできます。重要なのは、AIが「送信」まで行うのではなく、「下書き」を作るところまでで止めることです。最終確認は必ず人が行います。

領域3:過去案件の検索

「去年の秋に京都で富裕層向けにやった案件」を自然言語で検索し、旅程、見積、使ったサプライヤーの情報を一括で引き出します。

従来であれば、「確かあの案件は…」と記憶を頼りにフォルダを掘り返すか、ベテランに聞くしかありませんでした。AIによる自然言語検索があれば、案件の立ち上げ時間が大幅に短縮されます。特に、担当者が変わった案件のフォローアップや、リピーター顧客への提案で効果を発揮します。

領域4:情報の要約と整理

長いメールスレッドから要点を抜き出す、複数のサプライヤーからの回答を比較表にまとめる、顧客との打ち合わせメモから要件を構造化する。こうした「情報を読んで整理する」作業は、地味ですが案外時間を食います。

AIが下処理を行い、人が内容を確認して判断する。この分業を組むだけで、情報処理のスピードが変わります。

領域5:FAQ・ナレッジの自動整備

過去の問い合わせ対応履歴から、よくある質問とその回答パターンを自動抽出し、社内ナレッジとして蓄積します。新人が「この質問にはどう答えればいいですか」と先輩に聞く代わりに、ナレッジベースを検索できるようになります。

この領域は、蓄積が進むほど効果が高まるため、早く始めるほど有利です。

AIを入れる前に必要な基盤

ここで重要な注意点があります。AIは「すでに蓄積されたデータ」を活用する技術であり、データが整理されていなければ出力の品質も上がりません。

過去の旅程がバラバラのフォーマットで担当者のPCに散在している状態でAIを入れても、参照すべきデータが見つかりません。顧客情報がExcelの個人ファイルに閉じていれば、AIはその情報にアクセスできません。メールの中だけに残っている手配の経緯は、AIが読み取れる形になっていません。

つまり、AI活用の前段階として、業務データの一元管理と構造化が必要です。これは地味な準備作業ですが、ここを飛ばしてAIだけ入れると、「一般的な回答しか返ってこない」「自社の案件に合った提案が出ない」という不満に直結します。
具体的に整えるべきデータは以下です。

旅程のコンテンツ。ホテル、レストラン、観光スポットの情報をデータベース化し、検索・再利用できる状態にする。
案件情報。顧客名、旅行条件、見積内容、手配状況、対応履歴を案件単位で一元管理する。
過去の提案パターン。どの顧客にどんな提案をして、どの案件が成約したかの履歴を構造化して残す。

放置した場合に起きること

「AIはまだ早い」と判断して何もしない場合、何が起きるかも考えておく必要があります。

データの蓄積で差がつくAIの出力品質はインプットの品質に比例します。早くからデータを蓄積し始めた会社と、何もしなかった会社では、1年後、2年後にAIから得られる価値に大きな差が生まれます。この差は後から追いつくのが難しいものです。

人材確保がさらに困難に。若い世代は、AIやデジタルツールが整った環境で働くことを当然と考えています。「入社したらExcelとメールだけだった」という環境は、採用競争力を下げます。

競合との対応速度の差。AIで旅程の初稿を30分で作れる会社と、手作業で3時間かかる会社では、顧客への提案スピードに決定的な差が生まれます。提案が速い会社が成約を取り、遅い会社は検討候補から外れる。この構図は、AI活用が広がるほど顕著になります。

まず確認すべきチェックリスト

AI活用を検討する前に、自社の現状を以下のチェックリストで確認してみてください。

  • 過去の旅程データは検索・再利用できる状態にあるか

  • 案件情報は一元管理されているか、それとも担当者のPC内に分散しているか

  • コンテンツ(ホテル、レストラン等の情報)はデータベース化されているか

  • 定型的なメールを毎回ゼロから書いているか

  • 過去案件の検索に15分以上かかることがあるか

チェックが3つ以上「No」または「はい(問題あり)」に該当する場合は、AIの導入よりも先にデータ基盤の整備が必要です。逆に、データがすでに一元管理されている会社は、AI機能の導入効果がすぐに出やすい状態にあります。
チャットボットはお客さんの目に触れるから目立ちます。しかし、投資対効果で見れば、まず業務の中にAIを入れて現場を楽にするほうが先です。顧客対応の自動化は、社内の業務基盤が整ってからでも遅くありません。

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