旅行業界の現場は何に時間を奪われているのか:見積・旅程・予約・調整の実態
旅行会社の業務時間の内訳を聞くと、「企画やリサーチに使いたい時間が全然取れない」という声が圧倒的に多く返ってきます。では、その時間はどこに消えているのでしょうか。
多くの場合、答えは「見積の修正」「旅程の転記」「予約手配の確認」「社内外の調整待ち」という、創造的とは言いがたい作業に集中しています。この記事では、旅行業務の4つの主要工程で「何に、どれだけ時間を奪われているか」を解剖し、どこから改善すべきかを整理します。
見積作成で起きていること
見積作成そのものにかかる時間は、実はそこまで長くありません。問題は「修正回数」です。
顧客の要望変更、為替の変動、サプライヤーの料金改定、社内の利益率基準の変更。1案件あたり平均3〜5回の修正が入り、そのたびに関連するすべての数字を手動で更新する作業が発生します。
具体的な場面を描写します。火曜の午後、顧客から「やっぱりホテルを1ランク上げたい」と連絡が入ります。担当者はExcelの見積ファイルを開き、該当ホテルの行を探し、単価を書き換え、小計を再計算し、合計を更新し、利益率を確認します。次に旅程のWordファイルを開き、ホテルの説明文と写真を差し替えます。
さらに手配管理表のスプレッドシートを開き、仮押さえ中のホテル情報を更新します。この一連の作業で約40分。月に30件の案件があり、各案件で平均4回の修正が入るとすると、見積修正だけで月間80時間、つまりフルタイム1人分の労働時間が消えていることになります。
さらに厄介なのは、見積の修正が旅程にも影響することです。ホテルのグレードを変えれば旅程の表記も変わり、移動手段を変えればスケジュールも変わります。見積と旅程が別ファイルで管理されていると、片方を直してもう片方を直し忘れるという事故が日常的に起きます。
この不整合が顧客に渡る書類に混入した場合、信頼を損なうだけでなく、再修正の手間がさらに積み上がります。
旅程作成に潜む非効率
旅程作成の時間を奪っているのは、「ゼロから作り直す」頻度の高さです。
過去に似た案件で作った旅程があるのに、それがどこに保存されているか分からない。フォーマットが担当者ごとに違う。ファイル名が「旅程_最終版_v3_修正_確定.docx」のようになっていて検索不能。結果として、「探すくらいなら最初から作ったほうが早い」という判断になります。
あるDMCの実態を見てみましょう。1件の旅程作成に平均2〜3日かかっていました。その内訳を分解すると、こうなります。情報収集(半日)。ホテルの公式サイトから最新の説明文と写真を探す。レストランの営業時間と予約条件を確認する。観光スポットの入場料と所要時間を調べる。これらの情報は過去の案件で一度調べているのに、担当者のPCの中に埋もれていて見つからないため、毎回ゼロから調査しています。
レイアウトと入力(1日)。集めた情報をWordやPowerPointに入力し、写真を配置し、フォントを揃え、ページ送りを調整します。内容の修正が入るたびにレイアウトが崩れ、見た目を整え直す作業が発生します。
社内チェックと修正(半日〜1日)。上長に確認を出し、修正指示を受けて反映し、再度確認を取ります。承認者が多忙で返答が遅れると、この工程だけで1日以上かかることもあります。
このDMCでは、コンテンツのデータベース化を進めた結果、情報収集の工程がほぼゼロになり、旅程の初稿作成が半日で完了するようになりました。2日分の短縮です。
予約手配と確認の見えにくい負荷
予約手配の負荷は、手配そのものよりも「確認とステータス管理」にあります。
どのサプライヤーに何を依頼したか。返答が来ているか。仮押さえの期限はいつか。キャンセルポリシーはどうか。デポジットは必要か。これらを案件ごとに管理するのに、メール、チャット、Excelを行き来する毎日です。
ある旅行会社の手配担当者に1日の動きを追わせてもらったところ、こんな実態が見えました。朝9時にメールを開くと、前日に送った手配依頼の返信が5件。うち2件は追加質問付き。まず返信に対応し、次に未返答の手配先3件にリマインドメールを送り、仮押さえ期限が今日のサプライヤーに確認の電話をかけ、すべてのステータスをExcelの手配管理表に反映します。これだけで午前中が終わります。
繁忙期にはこの管理が追いつかなくなります。案件が20件を超えると、手配先ごとのステータスを頭の中で把握しきれなくなり、ダブルブッキングや手配漏れが起きます。手配漏れが発覚するのは、たいてい顧客に迷惑がかかった後です。
TRAVESENSの導入効果として通常業務の60%削減が検証されていますが、これは魔法ではありません。こうした転記・確認・ステータス管理の工程がシステムに吸収されることの積み重ねです。
案件に紐づく形でサプライヤーごとの手配ステータスが一元管理され、期限のアラートが自動で飛ぶ。この仕組みがあるだけで、手配担当者の朝の風景はまったく変わります。
社内調整という見えないコスト
もう一つ、意外に大きいのが社内調整の時間です。これは業務時間の記録に現れにくい「暗黙のコスト」です。
見積の承認を取る、旅程の内容を上長に確認する、手配の実行判断を仰ぐ。これらの「確認待ち」で案件が半日〜1日止まることは珍しくありません。承認フローが明文化されていない会社では、「この案件は誰に聞けばいいか分からない」という迷いの時間も発生します。
社内調整が重いのは、関係者が多い案件ほど深刻です。営業が顧客と合意した内容を、手配担当に伝え、手配担当がサプライヤーに確認し、結果を営業にフィードバックし、営業が顧客に報告する。この伝言ゲームの各段階で「確認中」のステータスが発生し、案件が滞留します。
特にオーダーメイド案件では、1つの変更が複数の部署に影響するため、「Aさんの確認が取れないとBさんが動けない、Bさんが動けないとCさんに回せない」という連鎖が起きます。
なぜこの構造が放置されるのか
ここまで挙げた非効率は、多くの旅行会社が「分かっている」問題です。にもかかわらず放置されがちな理由は3つあります。
■理由1:「個人の頑張り」で吸収できてしまう。ベテラン担当者は、こうした非効率を経験値でカバーします。頭の中に過去案件のパターンがあり、どのサプライヤーにいつ連絡すべきか分かっている。しかしこれは、その人がいるから回っているだけであり、組織として再現可能な状態ではありません。
■理由2:「忙しさ」が改善の時間を奪う。非効率な作業に追われているからこそ、改善に使う時間がない。改善しないから非効率が続く。この堂々巡りが、最も根深い構造的問題です。
■理由3:問題が分散しているため、全体の規模が見えない。見積修正に40分、ファイル検索に30分、ステータス更新に20分。それぞれは「まあ、しょうがない」と思える程度の時間ですが、積み上げると月間で数十時間、年間で数百時間の損失になります。
最初に可視化すべきこと
改善の第一歩は、直近の案件を1つ選んで、問い合わせ受領から手配完了までの全工程を書き出すことです。各工程で以下の3つを記録してみてください。
①:何分かかったか。見積の初版作成に何分、修正に何分、旅程作成に何分、手配確認に何分。正確でなくても構いません。「約30分」「約1時間」程度の粒度で十分です。
②:何回やり直したか。見積の修正回数、旅程の差し替え回数、手配内容の変更回数。やり直しの回数が多い工程は、そこに構造的な問題がある証拠です。
③:何の確認待ちで止まったか。上長の承認、顧客からの返答、サプライヤーからの回答。どこで何時間止まったかを記録するだけで、ボトルネックが見えてきます。
この3点を1案件分だけ記録してみてください。おそらく、「この工程にこんなに時間がかかっていたのか」という発見があるはずです。
旅行業界の現場が忙しいのは、案件が多いからだけではありません。同じ情報を複数の場所に入力し、変更のたびにすべてを手動で追いかけ、確認と承認のたびに手が止まる。この構造を変えない限り、人を増やしても残業を減らしても、根本は変わりません。構造を変えるための第一歩は、まずその構造を目に見える形にすることから始まります。
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